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初動 |
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この世には、知らなければ知らない方がいいこともあるのだと知ったのは、入学式でのことだった。 「私はLです」 目の前に姿を現したのは、目に見えない人物。 理由はなんだ? 「まったく、わけがわからない」 誰もいないことを確かめて、月は一人ごちた。 突然休講になったはいいが、次も単位が必要な講義がある。 それまでの時間を無駄にするわけにはいかない。 1日の中で自分が自由に使える時間は限られているのだ。 月は中庭のベンチで犯罪心理学に関する本を開いた。 『その本に書いてあることはそんなに難しいのか?』 月の独り言を聞いていたリュークがその手元を覗き込む。 細かい活字が見開きいっぱいに印字されているのを見て、リュークは首を傾げた。 「この本のことじゃないよ」 月は大学の敷地内でリュークに声を掛けられても、人目を考慮して無視をすることが多かった。 今は誰もいない。 目の前を通り過ぎる学生達も、ベンチで一人難しい顔をしている月の邪魔をする者はいなかった。 だから、少し油断していたのかもしれない。 「じゃあ、なんのことです?」 寸分の誤差もない問いかけに月は絶句する。 (どこから現れた?) Lの近付く気配に気が付けなかった。 「なにが?」 ひと呼吸、間を置いて月は微笑う。 「それを聞いているのは私ですが?」 Lは月の隣りに座ると、その膝の上の本を見た。 「その本は、あまり役に立ちません」 踵を潰した靴を脱ぎ、Lは膝を抱える。 「そうなのか?ここまで読んだのに」 月は栞紐を挟み、本を閉じた。 「でも無駄ではないと思います」 「どっちだよ」 Lと相対する時は、必ず友達らしく振舞う。 どうすればなんて考えるまでもない。 普段、友人と接しているのと同じであればいいのだ。 「夜神くんは面白いですね」 「何が」 Lが笑ったように見えて、気に入らない。 そもそも、面白いというのは褒め言葉になるのだろうか。 「私がLと名乗ったのにも関わらず、態度が変わらない」 「変える必要があるのか?」 何を言い出すのかと、月は眉間に皺を寄せる。 Lがわからなくなるのはこんな時だ。 確かに、Lという人物を調べてわかったことは、世界中の迷宮入りした難事件を数多く解決しているということだ。 世界中が難事件解決の為に、必ずLを頼ることを覚えてしまうほど、彼は世界的なトップの座にいるのである。 もちろんそのことを知った人間は、彼に頼る立場であればあるほど、彼に頭を下げるのだろう。 自分達のトップに位置する相手に、対等な会話をするのはもってのほかだと考える人間は多い。 けれど月にとってLは、あくまでも大学内の友人という位置づけなのだ。 「いえ、その必要はありません」 Lは首を横に振る。 月の父親が警察庁局長という肩書きである以上、Lという人物を尊敬しているのはおかしいことではない。 しかし、Lだから、尊敬しているから、などといってへりくだった態度をとるのは、おかしいのである。 「私に対して普通に会話をしてくる人が今まで居なかったものですから。新鮮です」 「友達なのに対等じゃなきゃ意味がないじゃないか」 一体どんな暮らしをしてきたのか。 月はLの常識外の部分を新たに発見して頭を抱えたくなった。 一筋縄でいく相手だと思ったことはないが、難解であるのには間違いはない。 「そうですね」 月は着ていた上着のポケットに手を入れた。かさりと指先に何かの当たる音がする。 取り出すと、1限目の講義で隣りに座った女子学生から渡されたものだ。 銀色の紙に包まれたものが3つ手のひらにある。 「流河、食べる?」 基本的に甘いものは苦手だったので、すっかり忘れていたのだ。 「ありがとうございます」 手のひらにのったそれにLの目が一瞬輝いたように見えたのは幻影だったかもしれない。 桜の散った木々は若葉を茂らせて、風に揺れている。 さて、と月は考える。 どうやったら。 彼は僕を信じてくれるだろうか? 終 |
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2004/07/19 |
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Lと出会ったばかりの月です。 |
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初動>最初に起こす行動。 |
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