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膝枕 |
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受講する生徒数が異なるのは、選択科目や教授による事が多い。単位に必要ない講義であればあるほど、生徒数は激減する。 月が移動した講義室は高校の教室とさして変わらない広さで、座席も少ない。年老いた教授は、希望者が20人を越えた時点で締め切ったようだ。 月は窓際の一番後ろの席を選び、講義が始まるまでの時間つぶしにと、読みかけの本を開いた。最近愛読しているのは、心理学系の参考書だ。 「ひとりですか?」 背後から声を掛けられたが、月は顔を上げずに本のページを捲る。これが女生徒ならば笑顔で対応したのだが、Lを相手に今更愛想を振りまいても不自然でしかない。 「見ればわかるだろう?」 そっけなく答えながら、月の目は活字を追うのに集中している。 「隣りいいですか?」 その対応が気に入らなかったのか、Lは普段聞くまでもないことをわざわざ問いかけてきた。 「他の席も空いているじゃないか」 月は顔を上げ、室内を見渡した。講義を受ける学生がやってくるが、空席の方が目立つ。 「そう言うと思いました」 Lは月の隣りに座った。 「夜神くんは犬と猫どちらがお好きですか?」 Lはどうしても月の関心を自分の方に向けたいらしく、本を読む月の邪魔をするように、再び話しかけてきた。 「え?」 何を聞かれたのか把握できず、月は聞き返す。 教授が来るまでのわずか数分間で読み進むページ数は限られている。 月は諦めてLに付き合うことにした。 「犬と猫です」 平凡な質問に月は間を置いて答えた。 「・・・どちらも好きだよ」 犬も猫もどちらも興味がないので、急に選べといわれても難しい。 「二者択一は苦手ですか?」 Lが首を傾げる。 ちゃんと答えないことによって何かわかるのだろうか? 月は読みかけのページに栞を挟み、本を閉じた。 「どうしてもというなら、犬かな」 犬は飼い主に従順で、扱いが簡単だからである。もちろん月がそんな理由をLに言うつもりはない。 「それはどうしてですか?」 「昔、拾ったことがあるんだ」 それは、本当だった。 小学生の時に一度だけ、自分の後ろを付いてくる仔犬を見捨てることができなかったことがある。 家に連れて帰っても飼えないことは十分知っていたが、走って逃げても物陰に隠れても離れようとしない仔犬と一緒に家まで帰った。 結局、飼い主が決まるまでの数日、その仔犬は自分が世話をすることになったのだ。 「なるほど」 月は改めてLを見た。隠れても逃げても避けても何故かついてくるLにその仔犬がだぶる。 (犬?) ふと思いついたが、それはすぐに却下した。 Lほど扱いづらい生き物はいないのだ。従順などという言葉は欠片も当てはまらない。 「それは?何かの心理テストなのか?」 「いいえ。単純に私の興味です」 どうしてそんなことに興味を持つのか、そのことに意味はあるのか。 月は多少疑いつつ、同じ事をLに聞いた。 「じゃあ、流河はどちらが好き?」 「猫です」 迷うこともなく、即答する。 「どうして?」 「手がかからないからです」 理由が自分と大して変わらないことに、安堵して月は苦笑した。 この質問には、本当に特別な意義はないようだ。 「生き物を飼うなら条件はたいして変わらないだろう?」 どんな愛玩動物も生きているのだから、それなりの世話が必要である。 「猫は散歩に連れて行かなくてもいいからです」 Lは椅子の上で膝を抱えたまま、前を向いた。 「ああ、そう」 確かに犬は散歩が必要だが、それだけで猫のほうがいいというLは、もしかしなくとも自分より犬や猫に興味がないのではないかと、月は思った。 「でも流河には必要かもしれないね」 月は眉根を寄せつつも笑う。 「何がですか?」 Lは興味深そうに月を見る。どうやら自分が選んだ言葉は、Lにとっては意外なことだったらしい。 月はそんなにおかしなことを言ったつもりはなかった。それはLだからと区別せず、誰が相手でも同じようなことを言ったに違いない。 「犬の散歩に行く程度の息抜き」 どう考えても、Lが運動不足だということはわかりきっている。 捜査本部ではきっと山積みされた資料などの確認や照合など、いくら調べてもわからないことに必死になっているに違いない。それは、今まで以上に自宅へ帰ってくる回数の減った父親のことでも明らかだ。Lも捜査本部に戻れば、四六時中キラに関する無駄な捜査を続けているのだろう。 「まるで私が引きこもりのようですね」 「まさにそうじゃないか。今は昼間大学にでてきているからまだマシだろうけど。普段は捜査本部にずっと詰めているんだろ?」 「確かにその通りです」 Lは月の意見をあっさりと認めた。思い当たる節がどこかにあるのだろう。 「夜神くんは優しいですね」 「ん?」 突然何を言い出すのかと、月は全身に鳥肌が立ったことを隠すように、笑顔を作る。 「私の不健康な生活を見抜いて気遣ってくれました」 「そうなるのかな」 気遣っているようなセリフではあったが、そんな風に改めて言われることでもない。 月としてはあくまで一般的なことのつもりだったのだが、どうやらLの感覚は少しずれているようだ。 「はい」 やっぱり、Lは得体が知れないと月は頭を抱えたくなった。 それとも試されているのか? どこまで疑えばいいのか、判断に迷う。 始業のベルが鳴り、教授がやってきた為、それは曖昧な気分を残したまま中断してしまった。 講義終了後、学生達はそれぞれに次の講義へと慌ただしく移動していく 。 「夜神くん」 次の講義が休講になったことを登校した直後、掲示板で確認していた月に急ぐ理由はない。 「なに?」 Lに呼ばれ、今度は何かと身構えつつ穏やかに応対する。 「次の時間は休講ですね?」 「ああ」 「どうしますか?」 「食堂かどこかでさっきの本の続きを読もうと思っているけど?」 「ここの講義室はもう使用されません。ここでその本を読みませんか?」 「なんで?」 確かに使用されない講義室は、読書をするには最適だろう。それでも下手に時間の空いていることを教授に見つかれば、暇そうだからと他の用事を頼まれかねない。 邪魔をされるくらいなら、騒がしくても食堂の方が安全である。 それはLも知っていると思っていた。 「これから寝ますので時間になったら起こしてください」 月と目を合わせ、Lは真剣に訴えた。 「流河・・・」 何かを聞き間違ったのではないかと、月は軽い眩暈を起こした。 「よろしくお願いします」 そう言うや否や、Lは月の膝を枕にころりと横になった。 「うわっ。ちょっと待てよ」 「待てません」 「ふざけるな」 「静かにしてください」 「・・・・・・っ」 月は握った拳を震わせて、Lに殴りかかるのをなんとか押し止めた。 この言葉にならない憤りをどこに向けたらいいのかわからずに、深い溜息を吐く。 立ち上がって置いていくことも考えたが、この静かな環境は捨てがたい。 まもなく、規則正しい寝息が聞こえ始めた。 (もう寝たのか?) それが狸寝入りだったにしろ、この状態では身動きは取れない。 月は諦めたように読みかけの本を開いた。 『珍しいこともあるんだな』 後ろで可笑しそうに笑うリュークを睨む。 「ここで恩を売っておけば後で役に立つかもしれないだろう」 月は誰ともなしに呟いた。 終 |
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2004/07/23 |
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たまにはほのぼのしたのもいいかな〜とか。
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