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油断 |
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トン、トン ドアをノックする音がした。 「どうぞ」 パソコンから目を離さずに、月は返事をする。 「なにか、わかりましたか?」 足音を立てながら、部屋に入ってきたLは月の背後に近付いて止まった。 背中越しにパソコンの画面を覗いて、親指の爪を噛む。 細かい数字と犯罪者の写真がモニターの画面を埋め尽くしている。 「なにも」 月は冷めたコーヒーを一口飲んで、溜息を吐いた。 「なにもわからないよ」 モニターから目を離さずに答える月にLは何も言わなかった。 何かがわかるはずもないのだ。 キラは今Lの目の前にいる。 「そうですか」 いつもと同じ、感情の起伏のない口調でLが答える。 「何もわかるわけがない・・・って思ってるだろ」 「なぜですか?」 「竜崎は僕をキラだと信じて疑っていないからさ」 「疑う余地がないので仕方がありません」 「・・・」 あまりにも大真面目にLが言うので月は反論ができなかった。 下手に言い訳すればまた疑われるだろう。 それでも、月には自信があった。 いくらLに疑われていようとも、キラとして捕まることはないと。 「どうして、言い返さないのですか?」 「言い返したほうがよかったのか?」 月はモニターに映った犯罪者を特定の条件で整理していく。 もちろんそれは、自分がそう分類して殺した。 分類したところで、キラの姿は見えてくることはない。 特定の条件は、Lを始め、捜査本部の目を誤魔化すために月が用意した細工である。 「時々、月くんはあっさりと諦める時があります。私にはそれが不思議でならない」 「どうして?」 「月くんは私と同じくらいの負けず嫌いだからです」 「だから?キラと疑われているのにむきになって反論しない事がおかしいって言いたいのか?」 「そうです」 「むきになって反論しても無駄だと思ってるだけだよ」 「そこです」 「え?」 「どうして無駄だと思って諦めるのですか?」 「それは竜崎が僕と同じくらい負けず嫌いだからだと知っているからだよ」 キラであることを疑っている相手がどれだけ違うと否定しても納得するわけがない。 キラでない事実を目の前で披露しない限り、その疑いを晴らすことなどできないのだから。 「本当に」 Lが溜息のように呟いた。 月はゆっくりと振り返る。 「なに?」 「いえ、なんでもありません」 「そう?」 月はまたモニターに視線を戻した。 一人をリストに追加しては、また一人を拾い出す。 単調で地味な作業だ。 「月くんは真面目ですね」 「そうかな」 「はい」 「それは褒めているのか馬鹿にしているのか・・・」 「褒め言葉ですよ」 「・・・」 Lの淡々とした口調に、月は思わず溜息を吐いた。 「失礼ですね」 「そう思うならもっと感情的に話せばいいだろ」 「月くんはもっと私の言葉を信用してください」 「難しいことを言うなよ」 「どうしてですか?」 「自分を疑っている人間の言葉を素直に信じられるほど、僕は優しくないよ」 「それもそうですね」 「竜崎こそ」 「はい?」 「諦めが早いじゃないか」 「無意味な討論は時間の無駄です」 「それもそうだね」 たった今、見えない火花が二人の間に散ったのかもしれない。 「じゃあ月くんは私が何を言っても信用しないと言うことですね」 「そこまでは言っていないよ。現にキラの捜査に関する竜崎の見解はとても的確で重要だ」 「では、私の発言をどこまで信用してどこから信用していないのですか?」 「竜崎の僕をキラだという前提で調査している全てを僕は信用していない。けれど、竜崎の分析したキラの調査結果についてはとても信用がおけると思う。信用の有無の境界線があるとしたら、基準は僕がキラか否かというところだろうね」 「なるほど。ライトくんは自分がキラであるはずがないと断言するということですね」 「あたりまえだ」 「疑っているといっても5%ですよ?どうしてそんなに気にするのですか?」 「たとえ1%でもキラである確率が生じる時点で、僕は竜崎を信用しないよ」 キラであることを否定するように望んだのはLの方だ。 月はそれに合わせて答えているに過ぎなかった。 Lの仕掛けた罠に嵌ったのであれば、それに越したことはない。 相手の用意した小細工全てを避けて通っていたら、疑いは深まるばかりだ。 「残念ですが仕方がありませんね」 ふ、と。 側にあったLの気配が消えた。 「あまり根を詰めないように」 椅子を軋ませて、月が後ろを向いた。 Lはすぐ側にいた。 「うわっ」 部屋を出て行くのに離れたとばかり思っていた月は、びっくりして思わず声を漏らした。 「油断は禁物です」 Lが得意気にそう言うと、月の口唇を塞いだ。 触れるだけの軽いキスに月も抵抗はしなかった。 「・・・覚えておくよ」 月はこれみよがしに手の甲で口唇を拭う。 「油断は大敵だってことを」 「ぜひそうしてください」 余裕な面持ちで答えたLは、本当に部屋を出て行った。 月は背もたれに置いていたクッションを閉じたドアに投げつける。 バンッと音を立ててクッションは床に落ちていく。 えもいわれぬ悔しさを抱えたまま、月は再びモニターに向かった。 終 |
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2004/11/22 |
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久しぶりの普通の文? |
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