燦々

 
     
 



降りしきる雨の中、傘もささずに立ち尽くした人を見た。
「どうかしたのですか」
自分の指していた傘を差し出したが、すでに時は遅かった。
「どうかしたように見えるか?」
頭の上から爪先までずぶ濡れで、傘をさしたところで何も変わらないだろう。
「ええ。傘もささずに土砂降りの雨の中を好む人には見えませんでしたので」
「それは、流河から見た僕の印象でしかないだろう」
「そうですね。私はまだ夜神君のことを知りませんから」
「知らない人間のことなど、放っておけばいいじゃないか」
「できれば、そうしたかったのですが、私はすでに傘を手にしていたのです」
「傘なんて、無意味だよ」
夜神月は、そう言って私が差し出した傘から逃れると、背を向けて歩き出した。
「夜神君が、明日、風邪で欠席したら、私が笑います」
なんと声をかけたらいいのか、わからなかった。
「望むところだ」
振り返りもせずに彼はまっすぐ歩いていく。
土砂降りの雨の中、傘もささずに。

泣いているのかと思ったのです。

翌朝、第二講義室の前で待っていると何事もなかったように、夜神月は姿を現した。
「おはよう、流河」
私に気がつくと、口元に笑みを浮かべた。
「おはようございます」
すれ違う学生が、彼に声をかけていく。
それにひとりひとり律儀に答えて、私の横を通り過ぎていく。
その手首を掴んで、引き止めた。
「な、なに?」
驚いたように立ち止まると、ようやく私を見た。
触れたところは特に熱くもなく、どうやら風邪はひかずにすんだらしい。
「熱はないようですね」
「心配してくれたのか?」
「熱があったら笑って差し上げようかと思っていました」
「・・・残念だったな。意外と僕は丈夫なんだよ」
ゆっくりと、慣れた動作で私の手を振り解き、彼は講義室の中に入った。
その後ろを追いかけるようについていく。

「なにか、ありましたか?」

席に着いた途端、気になっていたことを投げかける。
「なにも、ないよ」
一瞬で、踏み込むことができないほどの強固な壁を作られてしまう。
(まだ、距離がある)
それは、当然のことではあった。
まだ私は信用されていない。
「泣いていたと思ったのです」
「僕が?」
「はい。だから雨に隠したのかと」
「流河はロマンチストだな」
「そうでしょうか?」
「泣いてはいないよ。絶望していたけれど」
呟くように答えた言葉に、本心があったように思えた。
しかし、それを問いただす前に教授が姿を現し、授業が開始されてしまった。
私は、きっかけを失ったまま、追求さえできずに悶々としていた。

触れた指先が、溶けてなくなるのかと思いました。

逃げられる前に捕らえておきたくて、その手を握り締めた。
「今度は、なに?」
どんな反応をされるかと思っていたが、夜神月は思っていた以上に冷静だった。
少しだけ、冷ややかな視線を向けられたが、それだけだった。
立ちかけた席にもう一度腰を下ろし、握られた手を机の上に置いた。
「これになにか意味でも?」
私が握る手に視線を落とし、ため息を吐く。
急いでいないのは、次が休講だからか。
「昨日の真実を」
「・・・そんなに流河の心をとらえてしまったのか?」
「見つけてしまったのです」
「そう?忘れてくれればいいのに」
「夜神君が一体何に絶望したのか、知りたいのです」
「僕が素直に答えるとでも思っているのか?」
「いいえ」
私が首を横に振ると、声を出して笑った。
「それが正しいよ。僕は僕の事情を誰にも教えるつもりはないからね」
一度目を伏せ、やわらかく答えた夜神月は、握っていた私の手に口付けると、上目遣いで鮮やかに微笑んだ。
それで、隙を作ってしまったのは、私が油断してしまったからだ。
簡単に握っていた手を放され、そのまま逃げていく。
追いかけることもかなわずに、一人その場に残された。

「時間は、まだありますか?」

手遅れにならないうちに。
私は、私の手で、夜神月を追い詰めなければならなかった。

雨に濡れた彼も鮮やかに笑う彼も、どちらも失いたくないと、思うのは自殺行為だったのかもしれない。











 
 

2006/04/25

 
     
 

大学生活。初期の初期。
いまさらかもしれませんが、私のL月はここに在ります。
初心に帰ろう。L月を思い出そう。
そして、決して幸せになれない彼らを記そう。

とか・・・思ったり思わなかったり。

 
     
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

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