1時間後。

「流河」

名前を呼ばれ、Lは意識を取り戻した。
どうやら、本当に眠ってしまっていたらしい。
頭だけを上に向けると月が呆れたように見下ろしていた。

「次は第3講義室だろ?そろそろ移動しないといい席が取れなくなってしまうよ」

Lはゆっくりと上体を起こし、両腕を天井へ伸ばす。
ずっと感じていた体温が一瞬で消えてしまい、身近にあったものが遠くに離れていく。

「夜神くんの足は大丈夫ですか?」

自分が眠ってしまってから、ずっと月は動かずにいてくれたのだろう。
度が過ぎるほどの面倒見のよさに吐き気がする。

「別に」

月はレポート用紙とペンケースを持って立ち上がった。
本当になんでもないようだ。
一時間も他人の頭を足の上に乗せたままにしていたというのに、痺れることはなかったのかと、Lは思った。
しかもその様子からすると、課題のレポートはすでに書き上げたらしい。

「でも、本当に寝ていたんだな」

隣りを歩くLを見て、月が微笑う。

「たぬきねいりだと?」

廊下に出ると先ほどまでの静けさが嘘のように、ざわめいている。

「途中まで、そう思ってた」
「私も」

最初はただ側にいる口実のつもりだったのだ。
何もせずに側にいることを月が嫌うのを知っていた。
だからといって、必要のない課題のレポートを一緒にすることなどできなかった。

「眠ることができるとは思いませんでした」

Lにとって、他人に無防備な姿を曝け出すというのは、命懸けの行為だった。
しかも自分の正体を信じる信じないは別として、明かした相手の前で隙を見せるというのは、許されることではない。

「そう?」
「はい。ですから、夜神くんには感謝しています」

廊下の窓から射す陽の光に照らされて、月の髪がその色素を薄くする。
不意に生まれた衝動を抑えるのにLは両手をズボンのポケットにしまいこんだ。

「特別料金を払わなければいけませんね」

月の言った戯れの冗談を拾い上げる。

「今日はサービスするよ」

笑いながら答えた月の腕をLは掴んで引き止めた。

「なに?」
「・・・。そっちの方が高くつきそうです」

何を言おうとしたのか。
Lは思考よりも先に行動に出てしまったことに戸惑っていた。

「じゃあ明日の昼食にA定食でも奢って貰おうか?」

月はほんの少しだけ驚いた表情をしたが、Lの変化には気が付かなかったようだ。

「わかりました」

掴んだ腕を放し、Lは再びズボンのポケットに手を入れた。

触れたい。

その欲求が、身体の奥底から膨らんで溢れだす。
Lは、それを留める術を知らなかった。














 
 

2005/01/26

 
     
 

気まぐれに続く

 
     
 

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