桜桃

 
   
 



「僕は竜崎さんが好きなんです」
と、ライトが思っていることは、言われなくとも最初からわかっていた。
自分の感情が素直に表に現れる性質の人間を理解するのは、容易なことだ。
けれど、竜崎が惹かれたのは、同じ姿形のキラの方である。
黄昏に染まる時刻、門柱まで見送りに来たライトがいつに無く必死に訴えてきたのだが、竜崎にはそれを受け入れることはできなかった。
「その気持ちは大変嬉しく思いますが、私にはライトくんの望むような返事はできません」
元々感情が表情にも口調にも含まれることが少ない竜崎は、いつもと同じように淡々と答えた。
「それは、キラが好きだから?」
「いいえ」
竜崎は首を振る。
目の前の相手に心内を明かす程、迂闊なことは決してしない。
誰にも悟られず、誰にも見せない本音は、時折自分でも見失う位、奥底へと封印していた。
「竜崎さんは、嘘吐きだよ。僕は騙されない」
一瞬、泣くかと思わせるほど切ない表情になったライトに竜崎は言葉を失う。
「嘘など吐いていません」
「じゃあ、どうしてその目はキラばかりを追いかけるんだ」
「そんな風に見えましたか?」
「最初から、竜崎さんはキラしか目に入ってなかったよ」
ライトは怒鳴るかわりに消え入るような声で呟き、家の中へと駆け戻った。
静かに閉じるドアを見送ると、ちょうど迎えの車が停まった。
開いたドアから乗り込むと竜崎は珍しく深い溜息を吐いた。
自分と関わる他人から自分の事を悟られるような行動をとるというのは、最大の禁忌である。
ただ、ライトに気が付かれたのは、ライトもまた竜崎のことだけを見つめていたからに過ぎない。
竜崎は、その視線に答えるつもりは全くなかった。
キラが竜崎に興味が無いように、竜崎もまた、ライトに興味が無いのだ。
その点において、キラと竜崎は似通っている。
無下に拒絶しなかったのは、仕事上でも順調な夜神総一郎との関係を崩さぬ為に、ライトとの友好関係は保っておいた方が有益であると判断しただけである。

数日後、訪れた夜神家で竜崎は一ヶ月ぶりにキラに会った。
何があったのか、キラは顔色が悪く、痩せたと言うよりやつれた様子で竜崎を一瞥するとそのまま家を出て行った。
「キラくんはどうかしたのですか?」
傍らにいた総一郎に竜崎は尋ねた。
一目でわかるほどの変貌は、完全に病的だった。
「病気ではないようなんだが、最近は何を食べても吐いてしまうらしい」
心配を隠さない表情で、総一郎も力なく答える。
「病院には?」
「キラが行きたがらなくてね。幸子も工夫しながら食事を作っては食べさせてはいるんだが、食べる量より吐く方が多くてね」
それは、多少医学をかじっている者なら誰でも精神的障害だと診断するだろう。
精神的な病は複雑で、診断によっては薬だけでは治らない。
「毎日なんですか?」
「いや、そこまでは酷く無いんだ。だから尚更本人が嫌がる病院へ無理矢理連れてもいけず、今は様子を見守っている状態なんだよ」
「そう、ですか」
「心配をかけてしまって、すまないね」
総一郎が苦笑いを浮かべて、竜崎の肩を叩いた。
(一体、いつからなのか・・・)
竜崎は仕事の話へと話題を変えた総一郎に相槌を打ちながら、キラの姿ばかりを思い出していた。

「父さん、竜崎さんが来てるって・・・」
リビングのドアが勢いよく開き、制服姿のライトが飛び込んでくる。
「ライト、行儀が悪いぞ」
「ごめんなさい」
総一郎に窘められて、頭をぺこりと下げたライトは竜崎の隣りに座った。
「仕事が忙しかったのですか?」
「それもありますし、夜神さんからの依頼もなかったですから」
「そうなんだ」
がっかりとした表情をするライトに総一郎は少々気まずそうに咳払いをする。
「夜神さんから仕事依頼がないというのは、管轄内に難解な事件が起きていないということです。喜ぶべきことですよ」
この家を訪れない限り、キラにも会うことが叶わない竜崎の内心は、ライトとほとんど一致しているが、公にするわけにはいかない。
ライトを宥めるようにありきたりな台詞で壁を厚くする。
「そう、ですよね」
それに納得したのか、ライトが沈黙する。
何かを言い出そうと躊躇っているようにも見えたが、竜崎はあえて口出しはしなかった。
出されたコーヒーカップに角砂糖を五つ落とし、音を立ててスプーンを回す。
「ライト?」
俯いていたライトが顔を上げ、総一郎と目を合わせた。
「父さんと竜崎さんにお願いがあるんだ」
ライトの背筋を真っ直ぐに伸ばし、真剣な面持ちに気圧されて、総一郎もまた背筋を伸ばした。
竜崎はコーヒーを一口飲むと、テーブルに戻す。
「僕らの受験勉強を竜崎さんにみてもらいたいんです」
息子からの有り得ない要望に総一郎が目を丸くする。
「ライト、お前は何を言い出すんだ」
竜崎にとっては願ってもない申し出だったが、立場上、即答はできない。
「竜崎さんが忙しいのは、充分わかってる。週一回、一時間だけでいいんだ。勉強の方法とか学校や塾では足りない事を補う形で、竜崎さんに聞いてみたいことがたくさんあるから」
「ライト・・・」
熱心に訴える息子に頭を抱えた総一郎は、竜崎の方を向く。
「二週間に一度なら、かまいません」
頭の中でスケジュールを組み立てて出した結論を答えると、竜崎はコーヒーカップの中身を飲み干した。
「本当ですか」
「竜崎、無理をしなくてもいいんだ」
二人が同時に身体を乗り出したので、竜崎は少しだけ身を引いた。
「ただし、私は日本の大学受験を経験していません。あまり期待されても困ります」
「大丈夫です。竜崎さんにみてもらいたいのは、勉強のやり方ですから」
ライトが喜びを隠せない表情で、コーヒーのおかわりを持ってきますと席を立った。
「本当にいいのか?」
息子とは対称的に不安そうに顔をしかめる総一郎がしつこいくらいに聞き返す。
「ええ。大変なのは夜神さんの方かもしれませんよ」
「・・・・・・」
「ご存知かと思いますが、私は高いですから」
「知人割引制度はないのかね?」
総一郎があまりにも生真面目な反応をするので、思わず溜息を吐いてしまった。
「冗談ですよ。費用は必要ありません」
本当に裏表のない人だと、竜崎は呆れる程だった。














 
     
     
   
 

 
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

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