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桜桃 |
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時間はまだ大丈夫かと聞かれて、竜崎はうっかり返事をした事を少々後悔した。 夕食後、話したい事があるとライトに誘われて、部屋に案内されていた。 キラの部屋よりはずいぶん生活感がある。 明るい色のカーテンやベッドカバーが目を引き、出しっぱなしのゲーム機、机の上も参考書やノートが広げっぱなしだった。 「片付けてないから、あんまりじろじろ見ないでください」 入口できょろきょろと室内を見回す竜崎にライトが頬を赤くする。 フローリングの床に淡い色の座布団を置き、ライトがそこへ座るようにと促した。 竜崎とテーブルを挟んだ向かいにライトも座る。 「話したい事とは?」 「竜崎さんなら聞かなくてもわかっていると思うけど」 目の前に居るというのに、淡茶色の髪、色白の肌、同じ姿形をしているはずだというのに、キラに抱くような感情は生まれない。 ライトは先日の告白の返事を待っているのだ。 「どうして私のことが、好きだと思うのですか?」 聞きたい事を口にしたら、答えではなく質問が返ってきた。 「どうして理由が必要なんだ?」 好きであることの理由、自分もまた答えられないかもしれない。 知っていたはずのライトの聡さに竜崎は驚いた。 「僕は、父さんから初めて竜崎さんの事を聞いたんだ。父さんが仕事上に関係している人のことを家で話すことはほとんどない。そんな父さんが認めるほどの優秀な探偵に、興味を惹かれないわけがないだろう」 照れているのか、ライトは竜崎から目を離し、膝を抱えた。 「だから、僕は父さんから竜崎さんの話しが出るたびに、竜崎さんのことを考えたよ。年齢は若いのに過去の実績がたくさんある人間なんて、想像するにも限界があるし」 ライトが言葉を区切るたびに、壁にかかった時計の音がやけに大きく聞こえる。 竜崎は、ライトが語る過去の話にキラの姿を思い浮かべた。 ライトが目を輝かせながら、竜崎のことをあれこれと想像してキラに語る様子が手に取るようにわかる。 キラはきっと、呆れながらもライトに合わせて、まだ見ぬ竜崎像を一緒に考えていたのかもしれない。 「実際に竜崎さんと対面した時は、正直驚いたよ。本当にこんなに若い人が世界的な迷宮入りの難解な事件を解決してきたのか、ってね。だけど、竜崎さんは、僕が思っていた以上の人だった」 ライトの顔が自然とほころぶ。 初めて出会った当時を思い出しているのだろうか。 まだ中学二年だった二人は、幼いながらも聡明さが全身に溢れていた。 「僕は僕の考えていることを理解できる人がキラ以外に存在するなんて信じられなかった。同世代の友人も年上の先生も時々僕の考えていることを理解できなくて困ったように難しいことを言うって訴えてくる。そうなると、僕はすごく寂しくなるから、普段はなるべく自分の考えていることを人に話さないようにしているんだ」 人並みをはずれると異端であると扱われてしまう社会は、知能指数の高い彼らにとって非常に住みにくいだろう。 それでも、ライトはなんとかして万人に解け込もうと努力しているのだと言う。 竜崎には到底考えられないことではあったが、そうまでして人並みに暮らそうとするライトを不憫に思った。 「竜崎さんと初めて会った時に僕は本当に尊敬して憧れていたから、すごく緊張していて、僕は僕の考えていることを隠さずに話してしまったんだ。だけど竜崎さんは「その考え方は面白いですね」って、認めてくれたんだ。社交辞令なんかじゃなくて、ちゃんと僕の言ったことを理解して助言までしてくれた。僕は、それが嬉しかった」 「理解者であるということに好意を持ってもそれが恋愛感情に発展するものなのですか?」 「竜崎さんは知らないのか?きっかけは何でもいいんだ。恋愛は頭でするものじゃないからね。理屈じゃ証明できないよ。だって、気が付いたら好きだったんだから」 「・・・・・・」 「じゃあ反対に聞くけど、竜崎さんはどうしてキラが好きなんだ?」 思いがけない問いに、竜崎は一瞬絶句する。 もちろん、ライトがその隙を見逃すはずはない。 「言葉で説明できるか?」 「確かに、言葉にするのは難しいですね。でも誤解されているようですから言っておきますが、私はキラくんにだけ特別な感情を持っているわけではありません」 これは嘘だった。 もちろん竜崎は、ライトがそれを素直に信じるわけがないことをわかっていたが、あくまでも自分がキラを好きではないと装い続けなければならない。 「説得力ないと思わないか」 「信じる信じないは、ライトくんの自由ですよ」 「知ってるよ、竜崎は嘘吐きだからね」 拗ねたように顔を逸らしたライトの追及を阻止して、竜崎は気になっていた用件へと話を変えた。 「そういえば、ライトくんはキラくんの不調に心当たりはないのですか?」 誰よりもキラの側に居て誰よりも理解しているのはライトのはずだった。 「・・・・・・、わからないんだ」 表情を曇らせ、ライトが力なく答える。 「僕らは生まれた時から何でも分かり合って、何でも分かち合ってきたんだ。だけど、最近、僕はキラのことがわからない」 「それは、いつ頃からですか?」 「多分、高校に入ってからだと思う」 「理由は?」 答えるかわりにライトは首を横に振る。 「キラは元々、自分の意思で自由に行動していて、僕はいつもその後ろを追いかけていたんだ。キラは気まぐれだから時々僕から姿を隠したり、時々僕の相手をしてくれたり、気分によって機嫌が変わるんだ。僕はそんなキラに振り回されるのは嫌いじゃなかった」 今までのライトの様子や話から分析すると、ライトにとってキラの存在は、何から何まで直接影響していることに間違いはないと、竜崎は確信する。 それは多分、キラも同様だろう。 お互いがお互いに依存している。 それが良いことか悪いことかと判断する必要はない。 「ライトくんは私がキラくんに好意を抱いていると誤解した時、どう思いましたか?」 それまで、望んで手に入らないものがあったとしても聡い子供は、素直に諦めてきただろう。 けれど、望んだ相手が選んだのは、自分と同じ外見をした片割れだったとしたら、素直に諦めることができるのだろうか。 「それは、僕だって人間だ。正直キラのことを羨ましいって思った。なんでキラなんだろうって」 そして、好意を持った相手が好意を寄せているというのに受け入れようとしない片割れに憎悪を抱かないことが可能なのだろうか。 「キラくんを憎んだり恨んだりしませんでしたか?」 竜崎の意地の悪い質問にライトは怒ったように声音をあげた。 「まさか。そんなこと思うわけないだろ」 ライトの性格上、他人を僻んで逆恨みすることなどできないことは難しく考えなくともわかる。 だからこそ、生まれる疑惑があるのだ。 「そうですか」 「なに?僕を疑っているの?」 「いいえ」 「それともそんなにキラが心配?」 「ライトくんほど心配はしていません」 竜崎に痛い所を突かれて、ライトは寂しげに呟いた。 「・・・・・・、だめなんだ。キラは僕の言うことなんて聞きもしない」 「でもキラくんならわかっているはずです」 「どんどんやせていくんだ。食欲がなくても無理矢理食べさせないとだめだから、おかゆとかを母さんが作って、僕が部屋まで運ぶんだ。キラはありがとうって言うけど、一口食べるのだって、すごく辛そうで、僕はどうしたらいいのかわからない」 目に浮かんだ涙を隠すように、ライトが膝に顔を埋める。 竜崎は慰めるように丸まった背を撫でた。 「大丈夫ですよ」 「そうかな」 「キラくんは家族に愛されています。だからきっとよくなります」 「なんだよ、その根拠のない理由は」 「原因不明の病気を治すのはいつだって家族の深い愛情ですよ」 ライトが小さく笑う。 「・・・・・・、ありがとう」 純粋で真っ直ぐ。 誰もが愛すべき性格の持ち主である。 だからこそ。 キラを傷つける要因になり得るのだと、竜崎は思った。 続 |
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