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桜桃 |
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夜神家からそう遠くない距離に公立の図書館があると知ったのは、キラの行方を地図上で捜していたときのことだ。 たまに家を訪ねても会うことができず、だからといって理由もなく通うわけには行かなかった。 最近は寝る時以外は家にいることが少ないというのは、総一郎からの情報だ。 キラの性格上、自分を気遣い労わる家族を見ていたくないのだろう。 本当に原因不明なのか、というのが竜崎の一番気になった点である。 とにかく、キラと直接会って話さなければ何も解らないのだ。 今にも雨が降りそうな濃灰色の雲に覆われた午後。 竜崎は仕事の合間にその図書館を訪れていた。 白壁のコンクリート三階建てのビルの中に入ると、そこは薄暗くひんやりとした静寂に包まれている。 受付カウンターには、黒渕眼鏡の若い女性が貸し出しの応対をしていたが、他にひと気はないようだった。 平日の昼間は、こんなものなのだろうと納得をして、竜崎は踵を潰したデッキシューズの足音を響かせながら、壁の案内表示に従って奥へと向かった。 心理学のコーナーでようやく目的の人を発見する。 ここに至るまで、誰かとすれ違うことも誰かを目撃することも無かった。 ぺたぺたと間の抜けた足音を立てて近寄ると、キラがあからさまに嫌な顔をする。 「探しました」 先日、夜神家ですれ違ったときよりは幾分か顔色は良くなっていた。 「僕は、会いたくなかったよ」 キラは溜息混じりで答え、手にしていた本を書棚に戻す。 その隙に、竜崎は背後から抱き締めた。 「あなたに、会いたかったのです」 「は、なせ・・・」 身長や体型はほとんど変わらないはずだったが、キラが竜崎から逃れようともがいても腕からは逃れられなかった。 「私は、言いましたよね。諦めが悪い上にしつこいと」 長袖のTシャツの襟からのぞく首筋に口唇をあてると、キラの身体がびくりと震えた。 「まだ一度きりなのに、身体は覚えているようですよ」 刺激するように囁き、耳朶に甘く噛み付いた。 「やっ・・・」 もう一度全身を震わせ、キラが暴れる。 竜崎は腰を抱く腕にさらに力を込め、キラの自由にはさせなかった。 「ろくに食事もとれず、やせ衰えた人間が私の腕から逃れられるとでも思っているのですか?」 直接伝わる体温に欲情しながら、その先は望まずにいた。 それが目的ではないのだ。 「夜神さんから聞きました。食べても吐いてしまうのだと」 そう切り出すと、キラは抵抗をやめた。 竜崎がこれ以上何もしないとわかったことで諦めがついたのかもしれない。 「それはいつからですか?」 キラが精神的に傷つくことが思い当たらないのだ。 頑固で強情で負けず嫌いなキラだからこそ、乱暴な手段を用いても問題はないはずである。 自分が与えた行為に反発することはあっても内へ篭ることなど、考えられなかった。 「竜崎には関係ない」 「本当に?」 「もしあったとしても僕が教えるはず無いだろう?」 「それもそうですね」 キラから簡単に聞き出せるとは、思ってもいない。 それこそ、ぺらぺらと話し出したのなら、それは百パーセント嘘である。 竜崎はキラの下半身へと手を伸ばし、ジーンズの隙間から股間へと無理矢理つっこんだ。 「なにをっ・・・」 「素直に答えてもらえないようですから、身体に聞いた方が早いと思いまして」 竜崎の腕をを両手で掴み、何とかジーンズから抜き出そうと力を入れるが、竜崎にはかなわなかった。 器用な指先はピンポイントでそれを掴み、上下に扱く。 指先に誘導されるようにそれは硬く張り詰め、きついジーンズの中で主張を始めた。 ただでさえ体力の落ちているキラの身体は、その感覚に耐え切れず竜崎に支えられなければ立てないほどに力が抜けていく。 後ろから抱き締めたまま、竜崎はキラと共にその場に腰を下ろした。 自分の足の間にキラを座らせ、空いている方の腕を腰に回す。 股間に集中する意識に合わせてか、キラは熱い呼吸を小刻みに繰り返す。 「関係があるのは、ライトくんのほうですか?」 頂点に達する直前で、先端を親指で塞ぎ、手を止めた。 解放を求めて、キラは竜崎の手首を掴んだ。 「はなせよ」 苦しそうに息を乱したまま、キラが竜崎を睨む。 「本当に強情ですね。いつかそれで身を滅ぼしますよ」 「は・・・っ、これくらいのことで懐柔できると思われているのなら、残念だ」 竜崎は指先に力を込め、硬く強張ったそれを撫でるように刺激を加えた。 「ん、ぁっ」 キラが腰を揺らし、耐えるように口唇を噛んだ。 「これは、私の推測ですが」 竜崎は指を離し、それを軽く扱くとあっけなく果てた。 白く濁った液体は、キラの下着を汚し、竜崎の手も濡らした。 竜崎は指に絡んだそれを舐めとると、目の前にあるキラの首筋に口付ける。 「あなたとライトくんは双子です。ライトくんは私に好意を抱いていますが、私はキラ、あなたに好意を抱いています。もちろん、それはライトくんならば言わずとも気が付いているでしょう」 キラが離れようと動き出したが、竜崎は腰を抱いて引き寄せた。 「そしてあなたは、私のことが嫌いだと言う。自分が好いている相手に好かれているというのに、拒絶するあなたがライトくんには理解できないのかもしれません。だから、ライトくんの深層に隠された悪意ある感情が、あなたを攻撃している。双子というのは科学で証明できない深い繋がりがあると言います。ライトくんから受ける負の感情が、あなたの精神を脅かし、拒食という状態を作り出している。物が食べられない、イコール死を意味しますから」 黙って聞いていたキラが深い溜息を吐く。 「ライトが僕を無意識のうちに殺そうとしているとでも言いたいのか?」 「違いますか?」 「竜崎の推測には間違いがある」 キラはしきりと指をさすったり、握ったり、合わせたりと落ち着かない。 「一つめは、僕は竜崎のことが嫌いではなく、興味が無いんだ。嫌いという感情は相手を意識した時に生まれるのであって、まだそこまで達してもいないのに、嫌いとは言えない」 殺意が芽生えるというのは、こんな時かもしれないと、竜崎は痛む胸をおさえた。 以前に、キラが自分の事を感情に欠陥がある不良品だと言っていた事を竜崎はふと、思い出す。 特に欠けているのは情愛だと、その時は否定したが、今なら納得ができる。 「二つめは、全てが竜崎の想像でしかないということだ。だから、竜崎の言っていることは全部間違っている」 キラは竜崎の腕を振り払うように立ち上がり、乱れた衣服を整えた。 「それに、ライトが僕に死んで欲しいと望むなら、僕は死んだってかまわないんだ」 キラが初めて漏らした本音に竜崎は怒りを覚えた。 瞬間、竜崎はキラの頬を平手打ちしていた。 手のひらに鋭い痛みが走る。 「なんで、竜崎が怒るんだ?」 赤くなった頬を撫で、キラが笑いだした。 「どうして笑うのですか?」 「可笑しいからだよ。僕は今、新たに一つの感情を覚えたよ」 肩を震わせて、声をあげるのを堪えつつ、キラの笑いは絶えなかった。 「だけど竜崎には何一つ教えない」 感情を反映させることがない瞳に鋭い輝きを宿らせたキラは、踵を返し、竜崎を残してその場を離れていく。 竜崎は引き止めることもせず、その真っ直ぐに伸びた背筋を見送った。 正しいこと善いことを主に、異なること悪いことを否定した教育を受けてきた人間は、些細なきっかけで真っ当な道を踏み外してしまいかねない危うさがある。 「気まぐれと称されるあなただからこそ惹かれるのだと、理解してもらえないでしょうか」 関われば関わるほど、意識させたいと強く思う。 その為に誰かを傷つけても、むしろその特定の誰かを傷つければ、否応なしに意識されるのではないだろうかと、そんな人非人なことさえ本気で考えてしまうほど、求めてやまない。 「それでも」 竜崎はキラが書棚に戻した本を探し、抜き出した。 それは、精神医学の症例を並べたマニュアル本だった。 「情愛という感情が欠けているあなたが、無条件に愛を与える相手だからこそ、私もライトくんを認めているのです」 双子には特別な天恵が与えられている。 思考や感情は言葉にせずとも伝わるし、時には痛みさえ共有することがあるという。 その唯一無二の特別な関係に憎悪を抱くほど嫉妬していることまでは、キラも識らないはずだった。 それだけは、悟られないように巧妙に隠してきたのだ。 例え勘付かれていたとしても追求はしてこないだろう。 「時間だけはたくさんありますから」 家庭教師を務めるのは来週からだ。 キラの嫌がる表情を想像し、竜崎は苦笑した。 終 |
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